注目キーワード
  1. 小説
  2. 考察

果たして私は本の購入を拒んでいたのだろうか

今回のお話はぴよすけの職場に訪れる本の行商にやってくる男性の話です。

 

ぴよすけの職場には不定期に初老の男性が本を売りにやってきます。

この男性、かつて本屋を営んでいた(現在は店を畳んでしまったらしい)のですが、現在はおひとりで本の行商をしているみたいです。

 

小柄な体つきなうえ声が弱々しい感じなのですが…

人との距離感をつかむのが苦手なようで、仕事中の同僚にずかずかと声を掛けていくため、同僚からは疎まれていました。

 

かくいう私も「仕事中に声を掛けられたらめんどくさいなぁ」という印象を抱いてしまうような、そんな男性でした。

 

 

 

今の職場になってから何度かお見掛けしてはいましたが、私は声を掛けられたことはありませんでした。

いつも決まった人に話しかけ、小さな体でか細い声でぼそぼそと本を勧めています。

 

コロナウイルスによる在宅ワークの影響で出勤している職員が少なくなったある日、その男性が来社し同僚たちに声を掛けていきます。

順番に声をかけて本を勧めていたのですが、ついに私のデスクへ寄ってきます。

 

その時私の抱いた印象は「あー、今仕事してるんだから寄ってこないでほしいなぁ」でした。

 

男性が背中を丸めながら「はじめまして」と声を掛けてきます。

一応、愛想よく「はじめまして、何か御用ですか?」と対応するぴよすけ。

簡単な自己紹介をした男性は、案の定、こちらの仕事の具合なんてお構いなしにオススメの本を紹介し始めます。

 

オススメの本のタイトルはあまり覚えていませんが、かつて相模原市で起きた障害者施設での殺人事件に関する書籍でした。

この著者はなんたらで、こういうところをこれこれで……か細い声で男性がその本の紹介をしていきますが、ぴよすけが思っていたことは「こりゃ長くなりそうだなぁ~」ということでした。

 

午後3時過ぎ、もうそろそろ今日の仕事のまとめに入りたい…

 

意を決して「要りませんから」と強気に男性の言葉を遮りました。

 

一度は「そんなこと言わずに」と言いながら紹介を続けようとした男性でしたが、私が「要りません、結構です」と再び言うと、男性は「そうですか」と答え、本を自分のカバンにしまい始めます。

そして小柄で少し猫背気味の体で「失礼しました」と言いながらお辞儀をして去っていきました。

 

同僚たちからは「さすがぴよすけ!断るの上手ね」のような誉め言葉をもらいましたが…正直、心の中は複雑でした。

 

どう複雑だったのかと言われると「後悔している」という言葉が適当でしょうか。何かいけないことをしてしまったあとのような…そんな気持ちになりました。

そして何が私の心を複雑にしたのか…

私が「要りません」といった時に男性が見せた寂しそうな顔、「失礼しました」と男性が去っていく後ろ姿、熱心に本を勧めようとする姿勢…

男性が話しかけてきてから数日、私は自分の心を整理していきました。

 

 

この出来事を振り返り「あぁ、自分が間違っていたなぁ」と考えたことが2つあります。

間違っていたことの1つ目は、私は男性の勧める本を拒んだのではなく、男性その人を拒んでいたということです。

 

 

私は基本的に押しに弱いと思っています。仕事でもプライベートでも、頼まれたら断りづらいなぁと常々感じていました。

今回、珍しく「要りません!」と断ったことには、自分でもびっくりしました。

でも断り慣れていないからでしょう、私は男性の勧める本の紹介は一切覚えていないくらい話を聞いていませんでしたから、「本が要らない」という視点では断っていなかったことに気づきました。

私は早く男性に立ち去ってもらいたいという視点で、「要りません」という言葉を口にしていたことに後悔していました。

 

男性の紹介する本の内容を聞いた上で「自分に必要なものかどうか」を判断し、「要らない」という結論が正しい断り方なのかも、と振り返りました。

 

では私は男性の何を拒んでいたのか。

私が拒んでいたのは男性の人格や性格といった男性そのものだったのではないか、という考えに至りました。

 

空気・距離感がつかめない(つかむのが苦手な)人は職場にもいます。

 

ちょっと今話しかけないで…

この人と話すと話の要点がなんなのかわからない…

なんか妙に近い感じがするんですけど…

 

世間で話題のソーシャルディスタンスではありませんが、パーソナルスペースにずかずか踏み込んできてしまう個性を持った人って、社会で暮らしていればいるんですよね。

また、そういう特性をお持ちの方が営業されていたことで「押し売り感」が強くなっていたのかもしれません。

そういう特性をもっていらっしゃった男性を、私は拒んでしまったから「人を傷つけたあとの後悔」のようなものを感じているのかなぁという自己分析に至りました。

 

 

もう一つ、自分が間違っていたと考えたのが「男性の勧める書籍の紹介をまともに聞かなかった」ということです。

男性は少なくとも勧めていた書籍には目を通し、何らかの発見や思いがあったはずです。

本を読んでいない私より、知識や考えを持っている男性の声に耳も傾けないとは、どれだけ自分が偉くなってしまったのか…という反省でした。

先に述べたように「断るなら話を聞いたうえで、興味があるかないか」で本の購入を決めてもよかったのかと思いました。

 

 

 

それ以外にも振り返ってみれば自分の至らない点ばかりな出来事でした…

 

 

ここからは後日談。

 

今日、再び職場に訪れた男性を見つけたぴよすけは、先日の失礼を詫びました。

 

本の紹介をまともに聞かなかったこと

失礼な態度をとってしまったこと

機会があればまた声をかけてくれて構わないということ…

 

きちんと誠実に伝えたいと思い、別室にお呼びして頭を下げました。

 

おそらくぴよすけの倍以上の時間を生きていらっしゃるこの男性は、嫌な顔ひとつせず「また来ます」とか細く笑ってくれました。

 

 

 

尊敬する先輩に「人格者」という言葉がぴったりな人がいます。

思慮深く、落ち着いており、頼りになる人です。

今回の出来事で自分の未熟さがまた一つ見えてしまい、自己嫌悪になってしまいました。

 

何事も一つ一つが自分を成長させてくれると信じて、これからも多くの経験を積んでいきたいものです。

 

 

 

スポンサーリンク