ぴよすけです。
今回はいしいしんじさん作『雪屋のロッスさん』という短編集の中の「調律師のるみ子さん」について記事にしたいと思います。
このお話は短く情報量が少ない分、想像したり考えたりすることが求められる作品になっています。
作品データ
おなじみの作品データです。
作品データ
作者:いしいしんじ
発表:2008年
作者のいしいしんじさんはかつてリクルートに入社していたこともあります。リクルート事件をネタに替え歌を披露し、他の内定者から新聞に批判の投書をされるなど、入社以前から変わった新人として注目されていました。
この「調律師のるみ子さん」は、『雪屋のロッスさん』という短編集に収録されています。
「(職業)の(名前)さん」という形で30篇のお話があり、今回紹介する調律師以外に大工・果物屋・風呂屋・玩具づくりなどの職業が登場します。
中には棺桶や象使い、ポリバケツなんてのもあります。笑
全体で200ページほど、短いお話では3ページで終わるものもあります。
それぞれの内容は基本的にハッピーエンドが多いかと…
え、何それ…という表現もあれば、本当にありそうと感じるお話もあり、30篇一気に読み通せてしまう作品になっています。
「調律師のるみ子さん」簡単なあらすじ
このお話に登場する人物は2人です。
一人は主人公のるみ子さん、もう一人は目の見えていないであろう老人です。
腕利きの調律師であるるみ子さんは、ある時目の見えない老人の宅でピアノの調律をしますが、この老人はるみ子さんの調律に不満を覚えます。
自分の調律の腕を否定されたるみ子さんは悩みました。
そんなるみ子さんのもとに、差出人不明の小包が届きます。
小包にはチョコレートケーキが…
再び老人宅を訪れたるみ子さんは、老人の要望であった「うちのピアノの音」を見事出すことができました。
るみ子さんは老人から感謝されるとともに、調律を終えたピアノで、指の足りない両手で、短い曲を弾きました。
感想・考察
5分から7分で読めるこのお話は、字面だけ追うと「どういうこと?」という部分がいくつかでてきます。
主人公のるみ子さんが経験した出来事だけを追うなら決して難解な小説ではなく、むしろわかりやすい小説の部類です。
しかしるみ子さんの経験がどのように位置づけられるか、老人の言動や助けた小学生からの手紙がどのように意味付けされるかを考えるだけで、一気に難解な小説へと変化します。
短いお話なので、行間を読むという力が重要になってきます。
以下に物語の解説(考察)をいくつか考えて記してみました。
考察① わざとA音を外した調律をしていたるみ子さん
物語序盤に「るみ子さんは音楽大学の発表会の最中、突然演奏を止めてピアノの調律を始めた」という部分があります。
るみ子さんの耳は確かであるという部分からも、おそらくるみ子さんは将来演奏家として(もしくは演奏に携わる仕事で)嘱望されていたのかもしれません。
ところが10年前の電車転覆事故で指を失ってしまったことで、その夢が叶わなくなったのでしょう。
調律師は音楽に携わる仕事ではあるものの、表舞台で活躍する仕事ではありません。
るみ子さんの仕事ぶりで「?」がつくのがA音を外すという部分。
なぜか一音だけわずかに(素人に判別できないほど微妙に)外すという作業をしていました。
おそらく一音外しておくだけで将来的に再び調律が必要になる=仕事の依頼が絶えないという狡猾な一面を表しているのでしょう。
他にも「穏やかそうな容貌」=「一見すると穏やかだが…(つまり穏やかではない)」みたいな表現もあります。
このような仕事ぶりになってしまったのは、10年前の事故が原因だったと想像できます。
考察② 老人は何に納得していなかったか
物語の中心となる老人の不満について。
いったん老人の不満に関する部分を整理してみましょう。
- るみ子さんは老人に依頼され、A音以外をすべて合わせる「A音を外すことでまた調律が必要になるだろう」
- 老人が不満を漏らす「A音を外しているのを見抜かれた?」
- (A音も含めた)すべての音を合わせなおす「今度は完璧に音は合わせた!」
- 納得しない老人「え??なぜに???」
単純に「音を合わせるだけ」というスタンスでいたるみ子さんは、老人が求めていた「このピアノの音」という部分まで最初は理解できずにいたわけです。
老人が求めていたのは「聴きなれたピアノ」の音だったんですね。
それをるみ子さんは理解できずに「単純に音を合わせる」という作業をこなしただけになってしまったわけです。
音楽ど素人のぴよすけが言うのも説得力がありませんが…
楽器によって出す音色が違うということが言われています。(音楽に詳しい友人談)
同じピアノだったとしても、これまでの使われ方や使用していた時間によって、微妙に音が異なるのだとか…
まぁ言われてみれば何となくそんな感じくらいには納得できますが、これらをきちんと文章構造から読み解いていきましょう。
老人の要求が理解できるようになったヒントが、過去の事故で助けた人物からのお礼の手紙とケーキでした。
考察③ 事故と助けた小学生
実はるみ子さん、指を失った10年前の事故の際に小学生を助けていたんですね!
そして助けた小学生が専門学校を卒業し、調理師免許を取得して恩返しにチョコレートケーキを焼いてくれます。
るみ子さんは甘党ではないので、もらってすぐに食べませんでした。
しかし食べた後、心境が変化して老人宅へ赴き再び調律して、ハッピーエンドとなります。
つまり物語上、このチョコレートケーキと当時の小学生からの手紙は重要なアイテムということになります。
読んでいてかなりひっかかるのがスポンジのつなぎの部分です。
助けた小学生は工夫を凝らして=喜んでもらうためにチョコレートケーキを焼きます。
指を失ったるみ子さんは音を外して=自分に仕事の依頼が再び来るように調律します。
さらにこの助けた小学生は調理師免許を取得し、るみ子さんもまた同じ「師」がつく調律師です。
ですが、二人の立ち位置は全く違い、るみ子さんからの仕事ぶりから人を喜ばせようという気概は感じられません。
この二人が対照的に描かれており、るみ子さんが自分のスタンスを見直すきっかけとしてチョコレートケーキの話が登場するのでしょう。
小学生を助けた電車事故についての考察記事はこちらからどうぞ。
いしいしんじさん作の「調律師のるみ子さん」。『雪屋のロッスさん』という単行本に収録されている作品です。 「調律師のるみ子さん」の中には、電車の事故があったという描写があります。ホントにわずか、過去に[…]
短いお話だからこそ深い!
考察がうまくまとまらないくらい、考えるポイントが多いです。
『雪屋のロッスさん』収録のお話はどれもこれもおもしろいものばかりです。
わずかな時間で読めますので、ぜひご一読ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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