高校時代に学んだ小説で思い出深いのが『山月記』。
芥川龍之介の『羅生門』や夏目漱石の『こころ』と並び、今でも教科書の定番教材として用いられています。
ぴよすけは『山月記』のストーリー自体は好きでした。
しかし当時は大変難しいと感じた作品でもありました。
この記事では作品・作者のデータとともに、これから『山月記』を学ぶ高校生に向けて第一段落の解説をしています。
第一段落がわかるようになるだけでも、『山月記』がグッとおもしろくなりますよ!
また、何が『山月記』を難しくさせているかという考察もしています。
作品・作者データ
作品データ作者:中島敦
発表:1942年2月
本作品は唐の『人虎伝』が題材となっています。『人虎伝』と比較すると面白いですよ。
作者・中島敦の人生
作者の中島敦は、漢学者の一家で育ち、幼いころから漢学に触れていました。
思春期から文学にめざめ、創作活動に励むようになります。
一方でこのころから生涯の持病となる喘息に苦しむようになります。
24歳で横浜高等女学校の教員になりますが、文学への思いが断ち切れず創作活動を続けます。
32歳で『山月記』が発表され、作品が認められ始めた矢先、病気によって33歳の若さで亡くなってしまいます。
作品の多くが中島敦の死後に刊行され、高い評価を受けました。
古典作品を下敷きにした作品
『山月記』を執筆する際、中島敦は『人虎伝』を下敷きとしています。
『人虎伝』は唐の李景亮がまとめた漢文作品です。
中島敦は『人虎伝』の流れを用つつ、登場人物の心情に味付けをして『山月記』を完成させました。
『山月記』の物語構造、実はシンプルだった
『山月記』は次の2点で示すようにシンプルな構造で、20~30分で読める短編小説です。
①主な登場人物は李徴と袁傪の二人だけ
『山月記』の主要人物は、主人公である李徴(りちょう)と、李徴の友人である袁傪(えんさん)の2人です。
短編小説のため、人物関係はわかりやすいでしょう。
実はこの李徴という人物が『山月記』を難しくさせている要因でもあります。
李徴はプライドが高い、構ってちゃん男子なのです。笑
主人公の思考を理解するための言い回しや心情表現が独特なため、難しく感じてしまいます。
そうはいっても、多くの人の根底にある意識を文字化した作品でもあります。
『山月記』をきちんと読めれば、共感できる部分や納得できる部分は大いにあります。
李徴の人間性に焦点を当てた読み方はこちらで紹介しています。
ぴよすけです。 中島敦の代表作、『山月記』は普通に読んでもおもしろいです。想像を膨らませるともっとおもしろいです。 特に李徴という主人公、本当はめちゃくちゃ腹黒いんですよ?[…]
②単純明快なストーリー
ストーリーもいたって単純明快です。
李徴が発狂→虎となって友人・袁傪の前に現れる→話をしたあと李徴が姿を消す
大きく誰かがアクションを起こす・場所の移動がある等の構成はほぼありません。
人物の行動の流れより、気持ちの流れを読み取るほうが重要な小説となります。
構造自体はシンプルなのですが、多くの初見の人(特に高校生)にとっては難しい作品に感じるはずです。
『山月記』の難しさとはどのようなものか、次にみていきましょう。
『山月記』を難しく感じる2つの理由
『山月記』を難しく感じさせている最大の要因は文体や表現方法だと思われます。
さらに途中で漢詩も登場するので、国語が嫌いな人にとっては読みづらい文章でしょうね。
漢文的表現が多用される冒頭
作品を通して漢字がものすごく多いです。
物語の途中では漢詩まで読まなければならないため、漢字・漢文嫌いにとっては目にしただけでゲンナリしてしまう作品です。
特に冒頭部分(いわゆる第一段落)はほぼ漢文のような表現で埋め尽くされています。
しかしこの冒頭部分、李徴の生い立ちや時代背景など物語にかかわる超重要なヒントが多く示してあります。
漢文は古典の授業だけでお腹いっぱいの人にとって、この第一段落は「死の段落」となるでしょう。笑
この部分できちんと理解できないと、第二段落以降で話がつながらなくなってしまい、難しく感じることになってしまいます。
一見難しく思うような文体ですが、第一段落以降の大半はなんとなく意味が理解できてしまいます。
冒頭部分で「この作品は難しい」という固定観念ができてしまいがちな、可哀そうな物語です。笑
同じく高校で学ぶ作品として、森鴎外の『舞姫』のほうが、全編通して難しく感じた気がします。
難読漢字・難解な語句の多用
漢文的表現の多用と似ていますが、とにかく難解な漢字を用いた熟語がちょくちょく出てきます。
畏怖嫌厭や憤悶などは字面や前後の文脈から、なんとなく意味がわかると思います。
しかし中には「慙恚(ざんい)」などの難読漢字や「久闊を叙す」など古典的な表現が出てきます。
今時の高校生は「今日、友人と久闊を叙してきたよ」なんて言いませんよね!笑
しかも調べても電子辞書ではすぐに意味がわからない言葉も…
「『山月記』は難しい言葉がたくさん出てくる」という印象を持たせてしまうのは間違いありません。
第一段落をわかりやすく解説!冒頭部分をきちんと理解する
物語の冒頭部分である第一段落は重要かつ難関な部分です。
冒頭部分が理解できると、読み進めても話がわかるようになっていきます。
ここでは第一段落内の李徴が発狂するまでの部分を触れていきます。
隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。
隴西出身の李徴はとても優秀な男で、天宝の末年には若いのに官吏(=役人)登用試験に合格し、江南地方の治安にあたる役人となりました。
しかし頑固な性格なうえ、自分自身の力をとても信用している(=プライドが高い)ため、身分が低い役人でいることに満足していませんでした。
天宝の末年って、どんな時代?
天宝の末年は世の中が乱れていました。
「傾国の美女」と呼ばれるようになった楊貴妃を玄宗皇帝が寵愛して国が傾いたり、安禄山によるクーデターが起こったりしました。
官吏(役人)登用試験
李徴が合格した科挙と呼ばれる役人試験、中でも進士は最難関のコースでした。
この試験に合格すると高級官僚になる道が約束されます。
競争率の高い過酷な試験で、60歳で合格する場合もあります。
李徴は20歳前後で合格しているいため、非常に優秀だったといえるでしょう。
いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に帰臥し、人と交わりを絶って、ひたすら詩作にふけった。
いくらも時間が経たないうちに李徴は役人を辞め、故郷の虢略に戻り、人との接点を絶ってひたすら詩を作ることに没頭しました。
下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。
身分の低い役人として長い間、目上の役人の言いなりになるよりは、詩家として名を死後にも残そうとしたのです。
なぜ詩なの?
舞台となっている唐の時代は、詩人としての能力が政治上も尊重された時代です。
実在した李白や杜甫は有名な唐時代の詩人ですね。
彼らは科挙(役人の試験)の合格者ではありませんが、詩の才能を認められて地位を得ています。
しかし、文名は容易に揚がらず、生活は日を追うて苦しくなる。李徴はようやく焦燥にかられてきた。
しかし、そう簡単に李徴の名が評判になることもなく、生活は日に日に苦しくなっていきます。
李徴はようやく焦りを感じ始めました。
このころからその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみいたずらに炯々として、かつて進士に登第したころの豊頬の美少年のおもかげは、いずこに求めようもない。
生活が苦しくなってきたこのころから、李徴の見た目も厳しく尖った様になります。
痩せて頬骨が出てきたり、眼光が鋭さを増したりして、かつて科挙に合格したころのふっくらした見た目はとは、まったく異なっていました。
数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のためについに節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己の詩業に半ば絶望したためでもある。
数年後、生活の苦しさに耐えられず、妻子を養うために「詩家として成功する」という志を曲げ、再び東に赴き地方の役人として働くことになりました。
一方、この決断は自分の詩業に絶望したためでもありました。
李徴にとって、大きな挫折を味わう場面。
定期考査で「なぜ再び東に赴き、一地方官吏の職に就いたのか」と問われやすい部分です。
理由は2つ。一つ目は妻子の衣食(生活)のため、もう一つは詩業に絶望したためです。
かつての同輩はすでにはるか高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心をいかに傷つけたかは、想像に難くない。彼は怏々として楽しまず、狂悖の性はいよいよ抑え難くなった。
李徴が昔、のろまな人物だと相手にしなかった同僚たちはすでに高い地位まで出世していました。
その人たちから命令されることで、才能を持ち合わせている李徴にとってプライドが傷ついていました。
李徴はいつも不満を持って楽しむこともなく、叫びたくなったり誰かを傷つけたくなったりする思いは我慢の限界に達していました。
きちんと読み進めれば面白さを感じる作品
どうしても『山月記』は固いイメージがつきやすいです。
面白い作品ですので、丁寧に読み進めてみましょう。
人の在り方・生き方に触れることができる作品ですよ.
『山月記』がどうしても苦手だと感じてしまうあなた!
少しでも好きになってもらうためにおもしろい読み方を紹介しています。
ぜひご覧ください!
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