ぴよすけです。
この記事ではこうの史代さんの『夕凪の街 桜の国』についてのあらすじと感想、気になった点を記しています。
この作品は文化庁メディア芸術祭大賞作品でもあり、映画化やドラマ化もされた作品なので、ご存知の方も多いと思います。
作品データ
まずはこの作品についての簡単な説明を…
作品データ 作者:こうの史代
発表:2000年
本作品は手塚治虫文化賞新生賞と文化庁メディア芸術祭大賞を受賞しています。
同作者の代表作には『この世界の片隅に』が有名で、映画化もされました。
作者のこうの史代さんは広島県の出身で、戦争をテーマにした作品をいくつか発表されています。
この作品は3部構成です。
第一章:夕凪の街 = 1955年(昭和30年)の広島が舞台
第二章:桜の国(1) = 1987年(昭和62年)の東京が舞台
第三章:桜の国(2) = 2004年(平成16年)の東京が舞台
登場人物関係図
登場人物がやや複雑なので、以下にわかりやすくまとめました。
第一章「夕凪の街」編では平野皆実が主人公です。
続く二章以降では、皆実の姪にあたる石川七波が主人公となります。
読むとわかりますが、皆実の弟にあたる平野旭は石川家に養子に出されたため、石川旭となります。
この他にも皆実の会社の同僚数名や、七波・凪生の友人で利根東子ちゃんという女性が登場します。
登場人物の名前が広島の地名由来
七波・凪生・東子以外の名前が広島の地名からとられています。
おそらく東子ちゃんは、七波が東京で知り合った女の子(しかも東京・千葉の境には利根川がある)という由来でしょうか。
東子は第三章における七波のトラウマと関わる人物です。
あらすじ
原作が漫画のため、読んでいて印象的だと思うところを文字化しました。
多少時系列が前後しますが、ご容赦ください。
第一章【夕凪の街】
1945年、主人公は広島に住んでいる平野皆実。
同僚の古田さんと洋品店に並ぶ服を自ら手作りするなど、普通の生活を送る女性です。
同僚のサラリーマンである男性、打越さんは、皆実に好意を寄せています。
普通な1日が終わり、皆実さんは母親であるフジミと一緒に銭湯に出かけます。
そこでは何気ない会話に花を咲かせる銭湯客がいましたが、そのお客さんたちの体を見て、皆実さんはふと考えてしまいます。
「ぜんたいこの街の人は不自然だ」
原爆の悲惨さが残っている被爆者の生き方が描かれていきます。
第二章【桜の国(1)】
石川旭の娘である七波は小学校5年生。
活気あふれる男勝りな性格で、野球もやっています。
ある日、友達の東子ちゃんと一緒に、弟の凪生のもとへお見舞いに来ました。
凪生を元気づけようと、拾ってきた桜の花びらで桜吹雪を再現します。
しかし、おばあちゃんのフジミに騒がしいとゲンコツをもらい、反省。
その夜父親の旭が帰宅し、七波は病院での出来事で叱られると思いましたが、旭からはお咎めなし。
後々わかったことですが、その日は病院でフジミの体の具合が思わしくないことが判明していました。
その半年後、祖母のフジミは息を引き取ります。
第三章【桜の国(2)】
自宅で夕飯を食べている七波と凪生。
二人とも20歳を超える大人に成長しています。
ある日冷蔵庫に残っているはずのモモがないことに気づいた七海は父親の旭に尋ねます。
旭は知らないが買ってこようと言い出し、家を出ました。
七波は最近の父親の様子の異変に気付いており、後を付けます。
旭は家を出ると自転車の前かごに隠してあったリュックサックを背負い、夜の町に繰り出します。
不審に思った七波はそのまま尾行を続けますが、その途中でかつての同級生である東子と出会います。
東子も尾行に参加しますが、父親が向かったのはなんと東京駅の高速バス乗り場。
旭が乗り込んだバスは広島行きの夜行バスでした。
七波は東子から上着と帽子を借りて変装し、二人も一緒のバスで広島に向かいます。
旭はなぜ広島に向かったのか…
被爆者と結婚した旭、被爆者2世である七海や凪生が抱える苦悩が描かれています。
作品を読んでの感想
30分ほどで読めてしまう作品です。
が、30分しか読まないのはもったいないほどの作品でもあります。
時系列に起きたことを整理したり、なぜ原爆投下の60年後が描かれていたりするかなど、細かい部分まで目を通すことで作者の意図を常に考えながら読める作品です。
本作品における3つの魅力
①リアルに描かれている被爆者の苦しみ
まず全編通して描かれているのは被爆者・被爆者2世の苦悩が丁寧に描かれていることです。
まず第1章の夕凪の街ですが、途中に原水爆禁止世界大会が開かれるということがわかるシーンがあります。
世界が平和に、というコンセプトの大会と、その近くを歩く皆実の姿が印象に残ります。
実際の被爆者でありながら、いつ死ぬのかという恐怖を内包しているようなシーンです。
そして第2・3章の桜の国。
桜の国とは日本のことを指しますね。(法で定められていませんが、日本の国花は桜・菊)
美しさ・はかなさの象徴でもある桜、日本を意味する桜…
どのような意味を持たせて作者がこのサブタイトルにしたのか…考えさせられます。
第2章では皆実の姪である七波が主人公となり、祖母のフジミも第一章から引き続き登場します。
しかしフジミの表情が描写されるシーンはなく、このあと亡くなってしまうという部分ではどのような思いを持っていたのか想像のし甲斐があります。
そして第3章では七波の成人後の話です。
ここで七波の母親である京花が被爆者であることが判明。
つまり七波と凪男は被爆者2世だということがわかります。
一見すると父親である旭が、姉である皆実の50回忌のため、かつての知人から思い出話を聞いて回るというストーリーになっています。
しかしこの章の最大のテーマは被爆者2世の苦しみです。
戦後50年経った後も、被爆による苦しみや差別が続いているということが暗示されています。
実は凪生と東子ちゃんは付き合っていました。
ラブホテルで七海と東子が休むシーンがありますが、おそらく東子がこういう場所に慣れているのは凪生と来ていたからでしょう。笑
第3章中盤では凪生は東子ちゃんに手紙を渡し、二人は別れていることになっています。
その手紙がこちらです。
今日ご両親が見えてもう貴方に会わないようにと言われました
僕は祖母や父や姉に大切にされて今まで生きてこられました
東子さんのご両親だって同じだけ東子さんを大切に思ってこられた筈ですよね
だからその人達を裏切ったり悲しませたりする権利は僕にあるとは思えない
ただ僕のぜんそくですが環境のせいなのか持って生まれたものなのかは判りません
今はすっかり元気です
姉は今も昔も元気です
さようなら 石川凪生
出典:『夕凪の街 桜の国』(こうの史代)
これは東子ちゃんの両親が何らかの形で凪生の母親である京花が被爆者であることを知り、凪生自身も被爆者2世であるということで差別しているということです。
そして七海も、祖母の死と母親の死を思い出します。
こちらは第2章で七波が帰宅するシーン。

何気ない日常に見えます。
こちらは第3章の東子を介抱するシーン。

『夕凪の街 桜の国』(こうの史代)
ほぼ同じような構図なんですね。
ただこの鍵を開けるシーン、七波のトラウマを表現しています。

『夕凪の街 桜の国』(こうの史代)
実は七波が小学生だったころ、帰宅すると母親である京花が倒れていたということがありました。
第2章から実は伏線があり、第3章で回収されます。
七波の母も祖母も被爆者であり、母は死んでしまいます。
そして祖母は80歳まで生き、祖母は「なぜ自分が生き残ってしまうのか」という苦悩も描かれています。
②直接描かれることがない原爆の恐ろしさ
他の作品では原爆が投下され、直後の苦しみや恐ろしさを伝えるものが多いですが、本作品ではほとんどそのような描写がありません。
わずかに説明程度で載っているくらいです。
むしろ投下された10年後のヒロシマはこんな感じだったんだ、こういう中で被爆という恐怖があったんだ、という部分にフォーカスされています。
③作りこまれた世界観
史実をもとに描かれている作品ですが、その時々の時代の描写がリアルです。
作品巻末に作者の解説が載っており、作中に登場するものがどのようなものだったのかを知ることができます。
例えば第3章ではプロ野球1リーグ再編問題が話題になった年でもあり、きちんと作者はそのことも巻末の解説に載せています。
また墓参りのシーンに登場する平野家の人物の没年月日も、実際の広島の墓地では「8月6日が多い」という情報も載せていました。
8月になると原爆や終戦がニュースで流れますが、そういう部分では知り得ないような細かい描写が光る作品になっています。
人々の内面がリアルに描写される傑作
可愛らしいキャラクターや街並みにも関わらず、そこに生きる人々の内面をリアルに描き出している作品は、もはや娯楽漫画というよりは一種の教材と言ってもいいでしょう。
細かい描写が光る作品です。
コマ割りに無駄がなく、すべて何らかの意味が与えられている感じがしました。
一つひとつのコマの意味を考えるとさらに味わい深くなります。
気になった方は、ぜひご一読ください。
こうの史代さんの代表作『この世界の片隅に』はこちらの記事からどうぞ!
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